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フジコヘミングの素晴らしさ

ピアニスト「フジコヘミング」の生涯

先日お亡くなりになった、ピアニストフジコヘミングさんは、1931年、ドイツ・ベルリンにて、日本人の母とロシア系スウェーデン人の父のもと誕生しました。5歳で帰国後、お母さまの手ほどきでピアノを始め、10歳からロシア生まれのドイツ系ピアニスト、レオニード・クロイツァーに師事。その才能をみるみる発揮し、青山学院高等部在学中にコンサートデビューを果たしました。1954年、東京芸術大学に入学。在学中からめきめき頭角を現し、大学を卒業後、ドイツへ留学。ピアノの巨匠、ヴィルヘルム・ケンプに師事しました。1965年、ウィーン国際音楽コンクールにて入賞を果たし、国際的なピアニストとしてのキャリアを確立したのですが、リサイタル直前に風邪をこじらせ、両耳の聴力を失ってしまいます。ここで、それまでの順調な活動の中断を余儀なくされたのです。絶望の淵に立たされながらも、フジコ・ヘミングは諦めずに音楽活動を続けました。

その後、聴力障害を克服し、左手だけの演奏や、独自の奏法で表現の幅を広げていきます。 1974年、ストックホルムへ移住し、音楽教師の資格を取得すします。欧州各地でコンサート活動を続け、多くの人々を魅了。1995年、NHKドキュメント番組「ETV特集 フジコ〜あるピアニストの軌跡〜」が放送され、大きな反響を呼ぶ。そして、1997年、32年ぶりの日本でのリサイタルが盛況を収め、再ブレイクを果たしました。類まれなる音楽性と、困難を乗り越える力強さを持つ、魂のピアニストとして多くの人の記憶に残ったフジコは、2024年4月21日、92歳でこの世を去りました。

フジコヘミングの演奏

フジコヘミングさんの演奏は、晩年に再ブレイクしてからのものが圧倒的に私たちになじみがあります。その演奏は、一般的な、と言うと語弊がありますが、あえてそう表現するなら、よく耳にする上手いピアニストの演奏とは一味も二味も違う、唯一無二の何かが乗っている、とでも言いましょうか。頭で考える前に、心に直接響く演奏である、と言えるのかなと思います。どのような演奏であっても、唯一無二の存在であることに変わりはありませんが、フジコさんの場合、これほどまでに取り上げられ、注目されるということは、やはり、その波乱の人生の経験からくる何か大きなものが演奏に表れている、と言えるのかもしれません。また、忘れてならないこととして、幼少期から、ピアノの特訓を重ね、その努力と才能が土台にある、ということです。音楽の表現は心からくるものである、と唱えるのは簡単ですが、心にありものを演奏であらわすために必要な技術の習得、ここを無視しては語れません。

フジコさんの才能と努力の賜物である、宝石のような音色、心を揺さぶる音楽に直接触れたのは、私自身の人生では一度きりとなってしましましたが、聴いていてなぜだか涙があふれてしまったことがあまりにも印象的でした。素晴らしい演奏に感嘆することは多くありますが、自分の気持ちよりも先に涙があふれるという現象は、滅多にあることではありません。(しかし、他にもごくまれにですが経験したことはあります。)世界の絶景を見て思わず心が震えるとか、そういう感動に近かったのかもしれません。

フジコさんはお亡くなりになりましたが、他の巨匠と言われるピアニスト同様に、今の時代は録音や録画において、その音楽を感じることができます。直接聴く演奏には及ばなくても、その魂にふれることができる幸せをこれからも味わいながら、フジコヘミングさんのご冥福をお祈りしたいと思います。

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